チベット仏教を知るシャンバラの世界 西安・ラサの旅 12日間

potala1真言宗、空海ゆかりの地である中国は西安から、中国は南西部、標高4000メートルの高地、チベットはラサとその周辺のチベット仏教を巡る旅をご紹介いたします!

チベット人達は長い時間とをかけ、チベット高原に散在していた多くの部落を統一し、現在のチベット族になりました。チベットはその独特な地理と自然に恵まれた秘境であり、さらにはチベット仏教の聖地でもあるゆえ、世界各国の旅行者・巡礼者とっての憧れの地でもあります。都のラサとはチベット語で「神の土地」を意味し、五体投地の巡礼者の姿があるジョカン大聖堂(大昭寺)や歴代ダライ・ラマ法王の居城であったポタラ宮殿などの醸しだす神々しい雰囲気はまさに「神の土地」と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。
(ツアーナンバー272)

 

■添乗員同行

■利用航空会社

中国国際航空 か 中国南方航空 利用

■最少催行人数

4名様から

<利用ホテル>

スタンダードクラスホテル 3星~4星 (2名様1室)
※ご希望によりホテルランクは2星、5星クラスのホテルでもお受けいたします。

このツアーのオススメスポット

qinglongsi temple4青龍寺

かつては霊感寺と言われていたが、唐の時代、711年に青龍寺と改名せれた。 空海はこので恵果法師を師として密教を学んだ。 、1973年に発掘され、 空海がらみで、新しく再建された。

 

 

 

heibayo2兵馬俑

1974年3月、間伐に窮した地元農民が井戸を掘り始めたところ、二、三メートル掘ると変わった陶器の破片が見つかった。考古学者の鑑定により、ここに始皇帝の地下近衛軍団が配置されていることが初めてわかった。この偶然の発見によって、地下に二千年も眠っていた世界を驚愕させる兵馬俑がようやく日の目を見た。坑は発掘順序に基づき一合坑、二号坑、三号坑と名づけられた。

 

 

 

dayanta4大雁塔

648年に建てた慈恩寺の境内に立つ塔で、西安のシンボルである。当時の規模はかなり大きかったが、唐代末期に戦乱のため焼き払われ、現存するのは当時の十分の一に過ぎない。652年にインドから帰った玄奘三蔵法師の願いにより、境内に大雁塔を建て経典を保存することにした。塔は煉瓦でできており、当初は五層の塔であったが、則天武后の時代に大改造を行い十層になった。しかし、戦乱などで上部が崩壊し、現在は七層で、高さは64メートルしかない。内部の木製のらせん階段を登ると、最上部まで行くことができる。

 

potala3ポタラ宮

チベットの象徴でもある建造物といっても過言ではないのがポタラ宮殿です。ラサの街の西にある赤い丘(マルボ・リ)に17世紀に建てられました。「ポタラ」とは観音菩薩が住まう地と言った意味で、チベット人にとって観音菩薩は、その化身、ダライ・ラマ方法なのです。ポタラ宮内部は全部で1000近い部屋があると言われていますが、公開されている部屋はごくわずかとなっています。

 

 

 

sera5セラ寺

ラサの北にあるゲル派の大僧院。1419年にゲルク派の創始者ツォンガバとその弟子ツォチェンチュジュによって健立されました。セラ・ウツェは弟子たちの修行の場所となっていた。チベットが鎖国していた頃に潜入した河口慧海や多田等観音も、この地でチベット仏教を学んだと言われている。

 

 

 

 

norbuglingka5ノルブリンカ

1755年にダライ・ラマ7世のときに、ラサ郊外の林の中に法王の夏の離宮おとして建てられた。メインはダライ・ラマ14世が実際に住んでいた宮殿タクテン・ミギュル・ポタン。1954年に完成した建物でモダンな造りとなっている。

 

 

 

 

 

gandenji3ガンテン寺

ラサより東に45kmのキチュ南岸にあるチベット仏教ゲルク派の総本山。二つの山の頂上に近い斜面に大伽藍が立ち並び、標高4200mを越える巡礼路からの眺めは絶景です。1409年にゲルク派の祖師ツォンカパによって建てられた。

 

 

 

yamzhog4 ヤムドク湖

ラサからヤルン・ツァンボ南岸に渡り、くねくねと山道を登っていくと4750mの峠にでると眼下に広がる爽やかな青色のヤムドク湖が広がります。湖周辺はトレッキングにも良いかもしれません。

 

 

 

 

 

tarushinbo6タルシンボ寺

シガツェの中心的存在の巨大な僧院、ゲルク派6大寺の一つです。1447年に、ツォンカパの高弟であるゲンドゥ・トゥブ(後のダライ・ラマ1世)が創建した。

 

 

 

 

samyegompa1サムイェ寺

8世紀に仏教を国教と定めたティソン・デツェン王が創建したチベット最初の僧院。ラサにあるジョカンやツェタンのタントゥク寺はもっと古いが、これらは寺であって僧院ではない。ティソン・テツェン王はインドのナーランダー大学から学僧シャンタラクシタを招き、サムイェ寺を建てようとしたが仏教を邪魔をする者がいて困難を招いた。その後 シャンタラクシタの重いを神通力で感じ取った密教行者グル・リンポチェがインドからこの地を赴き、邪魔する者を手なずけて仏教の護法神に宗旨替えさせサムイェ寺を完成されたと伝わっている。

 

trandrukmonastery2タントゥク寺

こツェタンから南に7km、タントゥク寺はソンツェン・ガムポ王が「羅利女を鎮める13寺」として創建した。チベット最古の寺院の一つです。

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